私は、孤独だ。

 べつに独りでいるのが好きというわけではない。しかし、気付いたら独りになっている。

 誰にもなにも迷惑をかけなければ、それでいいのだろうと思う。しかし、私は現に迷惑をかけている。私はこのままでは死ねない状況に自身を追い込んでしまった。ろくでなし、だ。

 孤独で、ろくでなしで、このままでいいわけがなくて、しかしもう生きる気力のかけらもないひと。今いる場所を失ったら、確実に野垂れ死にするであろうひと。地に落ちた、いや、落ちるほど高いところに居た試しもないのだけれど、私は落ちるところまで落ちた。

 死ぬのは簡単ではない。しかし、毎日毎日死ぬことばかり考えている。生きようとすると、ロクなことがないから、死ぬことばかり考えている。私が今生きているのは間違っている。間違いは正さなければならない、けれど私はこのままでは死ねない。矛盾している。

 私が孤独であるのも、なにかが間違っているからなのだと思う。間違っているひとから自然とひとは離れていく。かかわりを持たないようにする。自らの身に災厄が降りかからないように、本能で自身の身を守る。

 私とは、災厄なのだ、存在そのものが。

 私はきっとロクな死に方をしないのだろう。

 朝起きて、シャワーを浴び、トーストを食べ、煙草を吸い、PCゲームに興じ、早い夕食を食べ、煙草を吸い、またPCゲームに興じ、一日の終わりに睡眠薬を飲み、6本目の煙草を吸い終えて、雨戸を閉め、歯磨きとトイレを済ませて床につく、ただ、それだけの生活。

 ただそれだけでは物足りないからと、染めてはいけないものに手を染めて、破滅した。

 ああ、私はほんとうに生きている価値がない。死にたい。

 理由なんていくらでも後付けできる。そんなものは理由にもなににもならない。

 無能。

 無能であるものは生きる必要がないのだ。だから私は死ぬことを考える。死ねないのに、死ぬことばかり考えている。

 私にはチャンスがあった。いくらでも。しかし、そのすべてを投げ捨てて生きてしまった。死ぬことにさえ失敗して生きてしまった。普通なら、あそこで終わりだ。しかし、私は生かされてしまった。どれだけ甘い人生なのだろう。

 きっと、私は苦しんで苦しんで、孤独のなか死ぬのだろうな、そう思った。

 ダメ押しで、すべて失った。そう、なにもかも、すべて。

 今年はホントにいいことがなにひとつない。今年は?私にいいことなんて今までになにかあったんだろうか。それに、死を待つのみのひとにいいことなんて起こるはずもない。

 恥を晒した。生き恥。もう私にはプライドの欠片も残っていない。それでも私は縋ってしまった。なんということだろう、死ねばいいだけなのに、それすらも私はできない。飛び降りをやるひととか、駅のホームから飛び込むひととか、凄いなあ、偉いなあ、そう思う。きっと後先なんて考えていないんだろう。それは偉くはないのかもしれないけれど、その決意と実行力は大したものだと思う。それに比べて私はなんだ、死にたいくせに、死ぬ勇気もなければ覚悟もない、死ねればいいなあ、その程度にしか考えていない。だから生き恥を晒せるのだろうけれど、こんな私の現実を垣間見たひとはどう思うだろうか、もう私は投げやりで、なるようにしかならないとなにもかもを諦めてしまっているから、こんな、こんな醜態を晒せるのだろうけれど。

 執着するものは私から逃げていってしまう。まるで、このひとには関わらないほうがいい、暗にそう示しているように。もう私はボロボロだ。ボロボロの雑巾みたいで、それでもボロボロの雑巾にもなにか役に立つことはあるのかもしれないけれど、私にはなにもない。なにひとつない。

 泣きたい。大泣きしたい。けれど私はもうカラカラに乾ききっていて、涙腺から一滴の涙も零れ落ちない。感情が崩壊しているのだろう、私にはもう喜びも哀しみもなにもない。無為に時間だけが過ぎていき、その過ぎ去っていく時間には、楽しみもなければ怒りもない。

 生きてる価値ない。

 生きることに価値なんて必要なのだろうか、なんてことを思う。普通のひとは、その存在になんらかの価値があるから生きていける。私はそういった意味合いにおいて普通じゃない。いや、極めて異常であると思う。多少の異常を抱えていてもそれを上回る価値があれば、まあいいんじゃないかと思う。私はすべてにおいて、すべてにおいて異常なのだろう。そして、ひとかけらの価値もない。それでもこうして私は生きている、いや、生きてしまっている。

 それが可能であるならば、私の心臓なんてどこかのだれかにくれてやっているだろう。しかし、生憎そういったシステムを私は知らない。知らないだけなのかもしれないが、知らないものは知らない。

 こうやってポッカリと時間ができると、私は死ぬことばかり考えている。そして、ただ考えているだけだ。生きることに胡坐をかいて、死を夢想しているだけだ。それはなにも意味のないことだ。酷く虚しいことだ。

 とりとめのないことを書いているなあ、と思う。ただ、吐き出したいだけなんだろう、それを抱えていると、煙草が不味くてしかたがないから。そう、煙草くらいだ、私を救ってくれているのは。それはただそれに逃げているだけなのかもしれないけれど、極端なことをいえば、私は一日数本の煙草があるから生きているのだろう。それが良いことなのか、悪いことなのか、よくわからないのだけれど。

 どうしようもない私は、昨晩寝る前に、Twitterに遺書のようなものを書いた。


 今朝、普通に起きた。絶望した。

 まあ、サヨナラと書いてそれでおさらばできるのなら、なにも苦労はない。ひとは苦しんで苦しんで死ぬのだ。しかし、私ももう十分苦しんだとは思う。鬱を患って、まわりのひとに迷惑をかけて、そのことを事あるごとに責められて、楽しいことなんてもうなにもなくて、そして今回の、リフォーム詐欺に引っ掛かりそうになって、いや、今でも私はあの業者を信じていて、けれどまわりがリフォーム詐欺だと言うから、そう書いているだけで、それは私が鬱で、正常な判断ができなくなっているからなのかもしれなくて、しれなくてじゃないな、多分できなくなっていて、多分じゃないな、正常じゃなくなっている。

 そんなひとは生きている価値がないから、死ねばいいと思う。

 もう、したいこともなにもないし、観たいものもなにもない。TVがついているだけでイライラする。食べたいものもなにもないし、食事の時間は会話もなく、苦痛以外のなにものでもない。食事を美味しいと感じない。

 会いたいひともいないし、行きたいところもない。ああ、夜中に犬が吠えている。うるさい。うるさい。静かな夜が台無しだ。

 あの犬が家にやってきてから、私の人生はなにもかもがうまくいかなくなってしまった。犬嫌いが犬と住むとこんな羽目にあってしまうのか。

 朝から晩までストレスしかない。こんな生活、もう止めたい。死にたい。もう思い残すことはなにもない。どれだけ念じれば死ねるのかわからないけれど、念じれば死ねるのならそうしたい。

 誰か、私を殺してくれませんか。なんの罪にも問われませんので、誰かを、誰でもいいからぶっ殺したいと思っているひと、いませんか。でも、誰かを殺したいと思っているひとは、殺されたくないと思っているひとを殺すことにしか満足を感じないのかもしれない。しれないじゃなくて、多分、いや、間違いなくそうなんだろう。

 行き詰る。

 私が私を殺めるしかないのか、そう思ってしまう。こんなことを思っているひとに、自然死はそうそうない。誰にも迷惑をかけずひとり死ぬのだとしたら、首吊りか、服毒くらいなんだろう。いや、首吊りは騒ぎになるか、あとは服毒自殺しかない。

 ドラッグストア回りしてきてカフェインドリンク買い込んでこようかなあ。しかし、失敗すると地獄らしい。なんかのblogで読んだ。

 それでも、死にたいことに変わりはない。誰か、簡単に死ねる方法教えてください。

 私は、不覚にも私は、あの建設業者のことを"誠実"だと思ってしまったのだ。いや、本当のところはどうか解らない。リフォーム詐欺だったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれない。ただ、"世間"の目は違った。私とは違っていた。それだけは、間違いがない。

 私は、私のことをそういうことだけは間違えないひとだと思っていた。しかし、それは思い違いだった。相方も、消費者センターの担当者も、違っていた。私は立つ瀬が無かった。そういったことは一言も言えなかったし、言えたのは、私が鬱をわずらっていてこうして診断書も出してもらっていて、ということだけだった。

 鬱病、そして不眠症。

 鬱をわずらっているから業者に丸め込まれたのだろうか。私は、屋根は、屋根だけは大事だと思った。外壁なんてどうでもいい、しかし屋根だけは大事だと思ったのだ。そんな私は馬鹿だったのだろうか。病気だからダメだったのだろうか。

 新型コロナウイルスのワクチンの2度目の接種が終わって、死にたいのに、べつにコロナで死んだって構わないのに、なぜか私はワクチンを接種してもらっていて、そして翌日副反応の発熱でダウンした。暑い日で、私が熱いのか部屋が暑いのかよく判らなくて、熱を測ったら38℃近くまで上がっていて、私は死にたいのだけれど苦しいのは嫌なので、バファリンを飲んで、濡れタオルを額に当てて横になっていた。することがなにもなくて、というかできなくて、眠ることもできなくて、べつに風邪をこじらせているわけでもなんでもないので、たまに煙草を吸いに行って、また横になるというのを繰り返していた。目を閉じると、あんな業者にコロッと騙されやがって、バーカ、そんな言葉しか浮かんでこなくて、辛かった。ただただ、辛かった。普段なら、なにかで気を紛らわせることができるのに、それができなかったのが辛かった。

 このまま、熱が下がらなくて、逆に39℃、40℃と上がっていって、そのまま死ねるならそれでいいのにな、と思った。生憎、夕方には微熱程度まで下がっていた。食欲はなかった。それはもうずっとないのだけれど、もう一度バファリンを飲んで、ただ横になるだけだった。そのあと軽く眠れて、目が覚めたら平熱に下がっていた。睡眠薬を飲む時間を過ぎていたので、慌てて睡眠薬を、メジャートランキライザとマイナートランキライザと睡眠薬のセットを5錠、スポーツドリンクで流し込んで、またすぐ眠った。

 それから日が空いて、今日は半袖だと肌寒いと感じるほど涼しかった。今週はもうずっと煙草ばかり吸っていて、VAPEじゃ気が済まなくて、減らそう、減らそうとは思っているのだけれど、体はニコチン成分を欲していて、もうすぐ煙草は値上がりするのにどうしようか、などとくだらないことを考えながら過ごしていた。

 自動車保険の更新のお知らせが届いていて、なにもかもが面倒臭かったけれど、車のオドメーターを確認して、ネットで更新手続きをした。この一年、1,000kmも走ってなかった。犬が居るようになってから、遠出らしい遠出をしていない。ずっと緊急事態宣言ばかりだし。しかし、もうする気も起きない。私はまったくやる気がなくなってしまった。ずっとコロナ禍で、ずっと緊急事態宣言が出てればいいのに、そう思う。解除してもどうせまた次の波がやってくるだけだろう。ずっとマスク着用で、ずっとどこにも行けなくて、私はそれでもういい。なにも望まない。

 世間がどうであろうと、私はもういい。ウンザリなんだ。

 私は、本当に生きてる価値のないひとになった。

 屋根のリフォームの件、施工日の前日になって建設業者から連絡があった。なんでも、明日は行けないという。明日になればいつお伺いできるか判るので、明日必ず連絡を入れると言う。なんか相方も気乗りしない様子だったし、私もウンザリしていたので、やっぱこの話ナシにしてください、と切り出した。業者はちょ、ちょっと待ってくださいよ、それは勘弁してくださいよ、もう資材もすべて準備済で、明日は行けませんけど、工期は遅れてしまいますけど、きっちりやらせてもらいますんで、と慌ててまくし立てた。月内には必ず終わらせられますんで、というのだが、そもそもが工事に入る一週間前に必ず連絡する約束だったものが施工日の一週間前になってもなしのつぶてで、私はイライラしていた。ちゃんと工事をしてもらえるのか、不安になった。それでも業者はとにかく明日、明日になれば足場組める日が判りますんで、明日必ず連絡しますんで、と言い張る。私もダラダラと粘っていたのだけれど、なんか面倒臭くなってきて、明日連絡くれるんですね、月内には工事完了するんですね、と念押しして、きっちりやらせてもらいますんで、というので、解りました、電話お待ちしています、と言い残して通話を切った。

 その間、犬の散歩で留守にしていた相方にそのことを報告すると、目をむいて怒り出した。ああ、キレたな、ダメだこりゃ。私は業者に電話をしてやっぱりナシにしてください、と告げた。お金払うの私じゃないんで、と話を相方にぶん投げた。

 相方は、見積書がおかしいと言っていた。こんな見積書見たことない、とまで言った。私のスマホの通話は5分で切れるので、話しては切れ、かけ直して話しては切れを繰り返した。私はその様子を、ただ眺めているだけだった。私のメンツ、いや、そんなものはそもそも元からないのだけれど、まあ丸潰れになった。最後はこちらで相見積もり取りますから、向こうは契約書あるんで、で物別れに終わったようだった。

 とにかく、この業者おかしい、の一点張りだった。怒りは収まらない様子、私は項垂れて話を聞いていることしかできなかった。義姉に相談して話を聞いて貰ったりもした。まあ、他人事のように受け流されていたのだけれど。連休明けに消費者センターに相談するということで話はまとまり、相方も少し落ち着いた様子だった。私は、ただ、あの通販のVTRを見せられて、私が断りの電話をしようとしたら止められて私の態度をなじった、あのときにちゃんと断っとけば良かったね、とだけ言った。

 連休中で消費者センターは休みに入っていたので、翌日私は消費者ホットライン、188に電話を掛けてみた。ここで相談できれば、と思ったのだけれど、最寄りの消費者センターを案内する自動音声だけだったのでまったく意味が無く、とにかく誰かに相談したくてネット検索に没頭した。業者の言う通り、今日連絡が入るとマズイかな、とだけ思っていた。無料で電話相談、祝日対応してくれるところはそんなに多くなかった。一箇所見つかった。早速かけてみるとしばらくして弁護士さんに繋がった。繋がったのだけれど、あまり親身になって相談に乗ってくれる感じではなく、工期が遅れるなんてまあよくあることだから、で終わりだった。あとクーリングオフ期間後の契約解除専門にやっている行政書士さんがいたのでそちらにも電話をしてみた。私は少しでも話が有利になればと思って、鬱を患っていて診断書も出してもらっている、なんか押せ押せで契約させられて、みたいな風に話をした。すると、なんかそういう状態だとまともな意思疎通ができないだろうから、ほかの誰かに電話を代われないかと言われた。私は相方に電話を代わってもらった。

 相方とその行政書士さんとはトントン話が進んで手続きできるっぽかった。いまの私の精神状態ではこうはできないな、と痛感させられた。ただ、最後にお金の話になって、5万くらいかかるみたいだった。検討します、で電話を切った。

 私はクーリングオフの期間が過ぎているので、プロに任せたほうがいい、それもなるべく早いほうがいい、と言ってみたのだけれど、明日消費者センターで相談してみてからでも遅くないんじゃない、と言われた。私がそう言うのも解らないでもないけれど、あなたはとにかくお金がかかるひとだから、とも言われた。結局、その日業者からの連絡はなかった。

 そしてその翌日となる今日、区の消費者センターに相談に出向いた。私は、冷たくあしらわれるんじゃないか、そう思ってあまり気乗りじゃなかった。担当の相談員は幸いにも女性だったので、話は相方に任せよう、そう思った。

 契約書に不備があれば解約できると相談員さんは言った。それで契約書の控えを見せると、ここがおかしい、あそこがおかしい、と問題点を指摘し出した。その契約書にサインしたのは私で、立つ瀬がないなあ、と思った。大丈夫ですよ、契約解除できますから、と言って、契約解除通知のハガキを持ってきた。私は内容証明郵便のほうがいいんじゃないかと思ってそう言ったのだけれど、このハガキで大丈夫ですよ、と言われた。そういうものなのか、とだけ思った。そのハガキに、言われた通りに記述した。あと、先方に連絡入れるので名刺を貸してくれ、と言われた。

 そのハガキをコピーしたものを控えとして渡された。一通は消費者センターで保管しておきますから、と言われた。そして、電話をしてみたらなんか業者のほうはもう家の施工はやる気ないみたいなことを言っていた、と言われた。それで小一時間の相談は終了となった。帰りに郵便局で契約解除通知のハガキを言われた通り特定記録郵便で出して、一通りの手続きは終わった。

 私の気分は晴れなかった。私はまったく役立たずだった。リフォーム詐欺に遭ったバカな被害者の烙印を押されただけだった。ただただイライラして、煙草を吸って気を紛らわせるくらいしかできなかった。吸いながら、生きてる価値ないなあ、とだけ思った。

 私、本当に生きてる価値ない。死にたい。私の一生は恥で塗り尽くされている。もうなにもする気になれない。

 ああ、早く死にたいなあ。

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